「足のクサイ人は優しい」→本当?なぜ?

足のニオイ

たまたまインターネットを見ていて「足のクサイ人は優しい」という興味深い記事を見かけたのでご紹介します。

いったいどのような流れてそうなるのでしょうか。

  • それは汗の量の違いです。足の裏の汗は、かなり個人差があります。というより足の裏だけにたくさんの汗をかく人がいるのです。

    それが「精神性発汗」つまり「心が汗をかいてしまう人」のことです。緊張や興奮したとき、手に汗を握った経験はどなたにもあるでしょう。でもそれが過ぎれば汗は止まるものですが、日常の場面で汗をかきつづけて止まらない人がいます。これはなにか偶然のきっかけで足のニオイが気になったり、汗をかいて足をことさら意識してしまったりした結果、汗をかくまいと思うほど、かえって汗をかいてしまう悪循環の泥沼になってしまうのです。

    足の多汗に悩む人には、共通する性格があります。皆さん一様に、真面目で完璧主義、負けず嫌いの努力家です。それでいてかなりの恥ずかしがり屋でもあります。一人の人間のなかで、外向きと内向きの正反対の性格が、背中合わせの押しくらまんじゅう。すったもんだの挙げ句の果ての「汗」なのです。

    犬や猫の前で、あるいはテレビに好きな俳優が映っていても、その前で裸になっても恥ずかしくはありません。まして緊張して汗をかくことなどありえません。つまり精神性発汗が強くて手のひらや足の裏に汗をかくというのは、目の前の相手を生身の人間として尊重する気持ち、いわば思いやりの心があればこその現象なのです。やさしさが汗の原点。足が臭うのは優しさが溢れた証拠です。

    「足の臭い人は心が優しい」、これは「風が吹けば……」式の理屈ではなく、正真正銘の真実だったのです。

  • 出典:足のクサイ人は優しい

なるほど。「相手を思いやって緊張して汗をかき、それが原因となって足が臭くなる」→「だから足の臭い人は相手を思いやるやさしい心を持った人だ」となるわけですね。そう言われるとしんな気がします。

ということは逆に言うと「足が臭くない人はやさしくない」という論理も成り立つのでしょうか。

タレントの石田純一さんは、靴下をはかずに素足に靴を履いています。もし私があんなことをしたら、たとえ冬であっても1日でかなり臭くなると思います。石田純一さんは平気なのでしょうか。石田純一さんはやさしさのかけらもない冷酷で非情な人なのでしょうか。

うーん、どうなんでしょう?気になって眠れません。

みなさんはどう思われますか?

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